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COLUM BY HIROKAZU YOSHIDA.
建築家吉田裕一がお送りする不定期コラムです。


2020.07.07(tue)
小説 ソロバン

(有)吉田建築研究所 吉田裕一

願いましては〜
○○○円なり、△○×円な〜り…△×○円で〜は?
昼下がり、夕方の教室に塾の先生の抑揚のある声が響き渡る。

昭和40年代、こんな風にソロバン塾はどこも活気があり、学習塾が台頭する前の時代、ソロバンを習わせる親は多かった。

僕はソロバンは嫌いだった。
それまで習っていた、絵画教室を辞めさせられ、無理矢理通わされたからかもしれなし、何より集団での勉強が嫌いだったからでもある。
そのため何度も塾をサボり、小学高学年になってもあまり進級しなかった。
同時に習っていた書道は結構好きで、こっちは中学に上がる前に日本書学院で二段まで上り詰めた。

そんなソロバン塾でも一つだけ忘れられない思い出がある。

それは小学6年の時の話。

相変わらずやる気のない僕だったけど、その日はどういう風向か、久しぶりに塾に行った。
そして自分の級の組が終了し、帰ろうとした矢先、席から出る通路で不意に女の子から声を掛けられた。

声を掛けたのは同じ学校に通う同じクラスの子だった。

彼女は成績優秀、運動神経抜群でクラスでも一目置かれていていた。

それでも、何故か僕とは気が合って、もう1人の女の子とも仲良しだったこともあり、5年生の時は授業の合間に3人で良く遊んでいた。

ただ6年生になり、漫然と思春期を迎えた僕は彼女を少し意識し、距離を置くようになっていた。

彼女は当時ニ級、僕は…と言えばしがない四級だった。

級が2つ違うと普段会うことはない。
そもそも、彼女がソロバンを習っている、それも同じソロバン塾に行っていること自体知らなかった。

今となっては、彼女が何を話しかけてきたのよく覚えていない。
ただ、僕は自分が下の級と言うこともあり、何となく罰が悪く、早めにその場を立ち去りたかった。

僕は帰ろうと、慌てて下に置いていたカバンを持ち上げた。
その時、カバンに斜めに差し入れてあるソロバン(もちろんカバーに入っている)が、何かに引っかかった。
僕はアレっと思ったが、その場を一刻も早く立ち去りたい一心で更に上げようとした。

引っかかったのは彼女のスカートだった。
フレアタイプの膝下ぐらいだったスカートは僕のソロバンで内側からグイッと突き上げられる形になった。
持ってるカバンが小さかったこともあり、カバーに入ったソロバンは斜め上75度から80度ぐらいの角度でカバンから頭を出している状態(いわゆる10代から20代の間)だった。
僕はそれを見て、益々慌てた。

思わず、キャーエッチ!
とか大声で騒がれるのではないかと危惧したりもした。

僕は無理矢理ソロバンをスカートから引き抜こうとした。
ソロバンは逆にかなり奥の方まで侵入してしまい、そのためスカートの突起は益々大きくなった。
カバンを左右に振りながら、それでもなんとか引き抜くことが出来た。

…驚いたこと彼女は何も言わなかった。
ひょっとしたら話に夢中で気が付かなかったのかもしれない。
いや、そんなはずはない、だってスカートは傍目にも分かるぐらい広がったのだから…

…その後のことは良く覚えていない。

あれから何十年も過ぎたが、今でもソロバン、いや得体の知れない何かが、彼女のスカートを内側から突き上げる情景が頭から離れない。

その時11歳…
小学6年生の僕は彼女が好きだった。

今思うと、彼女も僕を好きだったのに違いない。

大学生になった時、秋葉原でカシオの関数電卓を買った。
三乗根が一発で出る優れものだった。
既にソロバンは無用のものになっていた。


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